軽い存在と矛盾の中の月

「あたしは誰にも期待してないからね、楽だよ生きてて」
「そうやなぁ、あんたは期待してないよなぁ」

親子の会話。わたしが母親に向かって「あんた」なんて云うことはありえないので。そうやなぁはキヨコの発言。ちなみに本人と話をするときは「キヨコちゃん」ときちんと呼んでいる、良い子のわたし。

他人に期待するくらいなら、自分でやってしまえば良い。
お金で解決することほど、楽なことはない。
他人の役に立ちたいってのは、傲慢だ。

みんな自分のことだけで精一杯。それで良いんだ。自分のこともちゃんとできないのに、他人のことに構ってしまうやつは、結局誰も助けてない。

何が大切なのかを判断できないやつには、何も守れない。

ささやかな幸せを感じられない人間に、幸せなんてつかめない。

他人の気遣いを感じ取れない人間に、他人に優しくすることなんてできない。

何もかも足りてないのに、他人を貶めることにだけ長けた人って多い。

借金してまで他人に施すのは迷惑だ。


ある女性があたしを占って、云った。「あら、何か間違えたのかなぁ。すごく協調性のある人だって出てる」。彼女はあたしを「協調性のないワガママ勝手な人間で、男にちやほやされて遊んでる女」だとおもっていたそうだ。「協調性あるって出てるんなら、それ当たってるよ」。隣で聞いてたキヨコが笑いながら云った。あたしは知らん顔して漫画を読んでる。実の母親を前にして「男遊びが激しい」なんて云われるとはおもってもみなかったが。
彼女はわたしの日常の振る舞いを見て、占い結果に不信感を持った。そう、人って、他人をちゃんと見てない。そして、自分のことだって見えてない。

世の中には矛盾したことが多くて。噛み合わないことも多くて。わたしはそれを丸ごと受け入れようとするけれど、喉につかえてどうしても飲み込めずに吐き出してしまうことがある。

吐き出してしまった異物を、また無理やり飲み下そうとするけれども、身体がどうしても受け入れない。身体が嫌がってるんだから、きっとわたしにとっては毒なんだ。けど、どんな毒だって、飲み込んで消化してしまいたい。無理しなくて良いんだけど。ここで無理しておかないと、あたしは次に進めない。どうしても、この途の続きを歩きたいんだ。

ここ一月ほど、わたしをずっと考えさせている言葉。「おりえの復讐だとおもってた」。
安く、淺ましく、くだらない女だとおもわれていたのだなぁと落ち込んだ。復讐、したのはわたしじゃなくて、貴方でしょう?
辛かった、苦しかった、寂しかった。訴え続けられる言葉をそのまま受け入れ、わたしは菩薩にでもなれば良いのだろうなぁとおもっていた。申し訳ないが生身の人間なんだ。
菩薩にはなれない。そして、まだ飲み込みきれずにいる。

人と関わることが、とても苦手だ。誰とも会わずに生きていけるのなら、そうしたいと願う。箒で自分のゆく道を掃きながら歩く坊主の気持が、分かるんだ。

わたしという人間が、この世に存在しなかったことにできないだろうか。
ときどき、本気で考える。ある日、ふといなくなってしまえば、みんなわたしと出会う前の日常に戻れるに違いない。そう言い切るわたしに、友人は怒った。人の気持をそんなに簡単なものだと思うな! 彼女の言は、正しい。わたしは、うなだれる。

小さな赤いボタンを押したら、おりえという人間が存在しなかったことにできる。
そんなボタンがきっとどこかにあるはずだと思うんだよ。何気なく、押したいな。
真顔で云ったわたしにを正面から見つめて、彼女は目を真っ赤にした。落ちない涙を見て、申し訳なくおもう。

ぜんぶでたらめで、ぜんぶ本気で。
世の中って、全部を飲み込んだまま動いていて。

あたしはまだどこか、自分を他人のように感じている。