今日の出来事

Tくんが今、うちの近くで大きなアミューズメントパークを作っている。
体育館より広いと云うが、どこの体育館なんだよ、と心の中で突っ込みつつ、話の腰を折りたくないので私は黙ってうんうんと聞き入る。こんな機械が入って、こんなイベント会場があって。ご飯を食べながら、彼が、遠足の様子を母親に伝える小学生のように、少し大げさに、そして多分の期待と興奮をまじえて現場のことを教えてくれたのが一月前。

今日、夕方、電話があって。
頼みがあるんやけど。動けるか?

動かないとあかんのん?

取り置きしてあるアクリルの半球体、250パイのを渋谷のハンズでもらってきてくれ。

…んで、持って来いってこと?

電話を何度も左右に持ち替えて、私は話しながら家を出る準備をしていた。この人の頼みだけは、断れないのだ。

夕方から行かなくてはならないところがあったんだけれども。連絡して遅れますと伝え、私はいそいそと渋谷に向かった。

ハンズでTくんの名を名乗り、アクリルの半球体、12個を受け取る。
お会計、25,000円。

てめー、こらっ。金がいるんなら先に云わんかい!

めちゃくちゃムカついた。持っていたから良かったものの。手持ちの金がなかったら、渋谷に行ったわ受け取れないわ、でえらい無駄足を踏むところだった。

あんまり頭にきたのですぐに電話した。

お金いるんなら、最初に云わないとあかんでしょ!!

ああ、ごめんごめん。

電話の向こうでは慌しくたくさんの人が動き回っている音がする。

電車を乗り継ぎ、急いで現場に向かった。
あたしは怒りがおさまらず、ぷりぷりしたままTくんが出てくるのを待っていた。

ガツンと云ってやる。今日こそはキツイお説教をしなくてわ。

何度も云いたいことを頭の中で反芻していると、Tくんが出てきた。

白地に柄の入ったシャツを上品に着こなしている。やっぱり今日も、靴はピカピカだ。

駆け寄ってきて、云う。
「ほんまに助かったわ。ありがとう。ほんまに、ありがとうな」

満面の笑み。
つられて私も笑顔になってしまった。

「うん。はよ現場戻り。これ、待ってたんでしょ」

ハンズの紙袋にずさんに入れられた半球体12個を手渡し、Tくんから3万円受け取った。

緑色でハンズと書かれた紙袋がこんなに似合わない男もいるのか。
今度はもっと良い袋に入れ替えて持ってこなくては…
そんなことを考えながら、私より15センチ大きなTくんを見上げると目が合った。
やっぱり笑顔のままで、

「ありがとう。ごめんな、急ぐから戻るわ。また連絡するから!」

颯爽と走る彼の後姿を見つめ、間に合って良かったぁ〜と一息ついて気づいた。

くそっ。
また怒るん忘れてた!!

でももう、ムカついてた気持ちがちっとも残っていないので、またいつか、腹を立てられる日まで、お説教はひとまず延期だ。今怒っても、またはぐらかされて、説教の最後には「可愛いなぁ」「愛しいなぁ」と感じてしまうのが目に見えている。

今度は会うなり笑顔に誤魔化されないように、耐性を鍛えなくては、と、帰宅して決意を新たにしてはみたけれど。あの笑顔には勝てないってことは、あたしが一番知ってるんだな。