風のように走るぼく


今日もオリエはパソコンに向かってブツブツ云いながらすごい勢いでキーボードを叩いている。
ノートパソコンのキーボードの一番上のところに、ぼくはいつも鎮座ましましているんだ。電源ボタンのちょうど、上あたり。
でも、ぼくが座っているこのあたりに、オリエが頻繁に使うキーがあるらしい。
「チッ」と舌打ちすると、オリエの目の焦点が突然ぼやけて、何も見ていないような目になる。ほんの数秒でまたモニターに焦点があうと、黒目がモニターの文字を上下に追うんだ。ふと、オリエの目の動きが止まる。そしたら、まちがいなく、ぼくのいるところに右手の中指がスッっと伸びてくる。
長押ししてることもあれば、忌ま忌ましそうに連打することもある。
危ない!
指がこっちにやってくるとぼくは猛ダッシュで反対側に移動しなければならない。オリエが使いたいキーを身体で隠していると、また「チッ」という舌打ちの音と同時に指先でピンっと追い払われてしまうんだ。
この作業をしているときのオリエは、ぼくなんて眼中にないから、ぼくは必死で自分の身を守らないといけない。
中指と親指で軽く輪をつくったかとおもうなり、すごい衝撃がぼくのお腹を弾き飛ばす。ティッシュケースのマロンちゃんが逃げ後れたときのぼくをいつも受け止めてくれる。マロンちゃんは、肌が白くてキレイだ。上から出てる白いティッシュが花びらみたいで、ぼくはときどきマロンちゃんに見とれていて逃げ後れてしまう。
「ごめんね、うちのオリエさん、すごい短気だから。わたしは毎日ここでオリエさんの舌打ちの回数を数えたりしてるのよ。ふふふ。何をしてるのか分からないけど、コロコロ表情が変わるから見てて楽しいのよ。ふふ。コフルくんも今日は一緒にオリエを観察してみない?」
「んふっ」って微笑みがとても似合う色っぽいマロンちゃんに誘われてしまった。マロンちゃんって、ぼくに気があるのかな。
でも、毎日マロンちゃんがそこに居てくれるとは限らない。それに、いつも弾き飛ばされているみっともないとこを、あまりマロンちゃんに見られたくないんだ。ぼくは男の子だ。立派にお嫁さんをもらえるんだ。
なのでぼくは、走る。全力で走る。キーボードの反対側に向かって、今日もオリエの指先から身をかわすんだ。
ママン、ぼくはこのダッシュで足腰を鍛えて、いつか走ってママンに逢いに行くよ!