感情


ひょっとすると感情の起伏のない人なのかもしれない・・・ ふと、そうおもった。
怒ったふりをする。やきもちを妬いているふりをする。楽しい、嬉しい「ふり」をあたしはよくしてる。
ここで怒っておかないと、この人ダメになるんだろうなぁ。そうおもうと、怒った素振りを見せる。相手に見抜かれることは、ない。
今妬いてみせたら嬉しいんだろうなぁ・・・ そうおもうと、すねたふりをする。あたしの知らないところで誰が何をしていようと、どうだって良い。でも、あたしはヤキモチを妬いていることにする。
なにしてんだ、あたしは。
ときどき恐ろしい無力感に襲われるけれども、どうしてもやってしまう。

おりえでいることに、また飽いているのかもしれない。

ずっと「おりえ」になりたかった。あたしの中にいるなんだかすごい人。それに近付こうとして、悶絶する。違う。おりえならそんなことは云わない。そんな顔はしない。ここで笑うんだ、ここで喜ぶんだ。コントロールすることは難しくない。難しいのは、タイミングを読むことだ。

一緒にいる人の感情が流れ込んでくる。触れなくても、分かる。今ほしいもの、これでしょう。あたしはそれを、持ってる。いくらでも湧いてくる。いくらでも、あげるよ。
ずっと自分を愛してくれる人がほしいんだとおもってた。
違った。
「おまえはずっと、とびっきり美味しいものを作る人だったんだよ。作れる人って云う方が正しいのかもしれない。でも、俺といるときは美味しいものを食べる人になれば良い。美味しいものを作ってやるから」
すごい殺し文句だとおもった。ドラッグでも入ってれば一撃で落ちてるなぁと感心して聞いてたんだけど。あいにくあたしは平常心で、どこか遠くで鳴る何かが落ちた音のように、それを聞いていた。
今まで付き合った人は、みんなあたしに負けてしまった。
刑務所に入ってしまった人、ドラッグで病院に入ってしまった人。会社を潰してしまった人、他の女じゃ不能になってしまった人。みんな強い人だったのに。あたしが弱さを引きだして、真綿でくるんでいたんだ。けれど、何かの弾みで、あたしはいなくなってしまった。包まれていた弱さが表出したときに、それをおりえと同じだけの力で包み込んでくれるものがなかった。
弱さを嫌いになったりしない。狡さを嫌いになったりしない。あたしが不快に感じたのは、おりえへの敗北感を露にされたことだった。
劣等感があった。逃げずに戦おうとして、負けてしまった。逃げれば良かったのに。戦う必要もないのに。そんなこと望んでいないのに。みーんな同じ道をたどる。
あたしに負けないで。そんなに強い生き物じゃない。ごく普通の子なんだよ、あたしは。

ちょっとしたことで内面に触れて、その内面を、自分の中でどんどん大きくしてしまう。自分の中で生まれ、おりえと対峙するたびに成長する化け物になんて勝てるわけがないだろ。

あたしがほしいのは、愛してくれる人じゃなくて、戦わないでいてくれる人だったんだ。
誰とも戦いたくないんだ。のんびり暮らしていたいのに。
あたしを守ってやるよって云う人は、みんないつしか守られる側に立って、保護を求める。いくらでも守ってあげるよ。そんなのは、何でもないことだ。だからあたしと戦わないでほしい。特別視しないでほしい。ごくごくフツウに、扱っていてほしい。

どうしたら、なんでもないものになれるんだろう。