実は知ってる

ただ単に、能力の差なのだということを・・・ 早く走れる人とそうでない人がいるように。これは能力の差なのだということを、わたしは知っている。でもなにか自分でもっと納得できる理由を見つけたい。とても、見つけたい。

昨日、父の命日でした。そして、2番目の姉が看護学校にまた合格しました。
「こないだ行ってた准看の学校は願書出したら通るねん。でも次は、ほんまに若い子ばっかりやし、すごい倍率で学費も安い分頭もいい子がいっぱいやねんてぇ」と語っていましたが、一次の筆記には合格したらしい。
さすが、創立40年以上の小学校で小学校始まって以来のIQを叩き出しただけの人間だ。もう40歳目前なのに。母子家庭でちゃんと子育てもして家事もしてるのに。仕事もしてたのに。ありえないよ。まぁ、合格しないわけがないとおもっていたので当然なんだが。それにしても、やっぱり姉ちゃんは最高だ。毎回笑わせてくれる。
「次は面接やねん。これで落ちたら笑うよなぁ」
って、あの人を面接で落とすような学校なら看護婦を育てる資格はないと断言するよ。
姉ちゃんには、とても不思議な力がある。姉ちゃんに触れた人は、なぜか急に活き活きし始める。あの人の快活さがそうさせるのか。笑顔だけでなく、あの人の涙さえもが、人を活きさせるのだ。病室で、いろんなことに絶望している人達が、あの人に出会って、ただ生きるのではなく「活きる」元気を得るのはまちがいない。あの人は、看護婦になってたくさんの人を活かすのに最適な資質を持ってる。我が姉ながら誇らしい。んー、いい気分だ。
「お父ちゃんの命日が試験やねん。お父ちゃんが頑張ってくれると思うわぁ」
と云ってたんだが
「姉ちゃん、お父ちゃんは命日になったらあちこちで奉られて、えらい忙しいと思うから姉ちゃんとこには来てくれへんと思うよ?」
「え。あかんかな。あてにしててんけど」
お父さんは、死んでもう17年になるのにいまだに頼られている。すごいことだ。いや、なんかもう、すごい嬉しい。やっぱり自慢の姉ちゃんだ。素敵な日だ。