けんかごし

ワカコが酔って帰って来た。おかえりと声をかけただけの私の部屋にずかずか入ってきて、高飛車に言い放った。
「あんたのことを、これからは子鹿ちゃんって呼ぶわ」
書き物をしていて面倒くさかったので「うん。んじゃちゃんと返事するわ」と適当に返して無視していると、ぷりぷりし始めた。
「なんで子鹿ちゃんなんか理由を聞かへんの?」
「うん。決めたんやろ? んじゃそうしぃや。別にどうでもええし」
「そういうところがムカつく!」
「ん。勝手にムカついときぃや」
もきーっ となったワカコが最近の私の情緒不安定をなじり始めた。どうやら、しんどいのに何も愚痴らない、泣きもしないただ黙って乗り越えようとしている私がとても気に入らないらしい。
「愚痴りぃや!」
「愚痴ってもしゃあないやろ。やるべきことは分かってるんやし。話したところで何も解決せん。無駄な時間や」
「そうじゃないやろ!」
感性だけで生きているワカコが口喧嘩になったときに私に叶うはずがないのだ。それは互いに分かっている。丁度書き物がキリの良いところまで仕上がったので、ちゃんと対話をすることにした。
ワカコの気持は、温かい。私を子鹿と呼び続けてワカコは感情をぶつけてくる。それが、今の私には一番の思いやりであるということを知っているかのように。ただ彼女は自分の感じてる違和感を解消したいだけなのだが。それでも、良いタイミングで私の感情をうまく引き出せる女だと感心した。
ちなみに子鹿ってのは、生まれたてのプルプル震える子鹿のように弱い人間だからだそうだ。ふーん。
リアクションの薄い私に更に怒りを増幅させていたが、今あまり感情が沸きおこる余裕がないのだよ。すまんな。
けど、少し樂になった。ありがとう。