「窓際のとっとちゃん」黒柳徹子

私が初めて読んだ活字だけの本が、これだ。
小学校一年生の私に、一番上の姉が与えてくれた。字ばっかりの本を読める子だと思ってもらえたことが嬉しくて、私はこの本を夢中で読んだ。

あの頃とはまた違った感想が、今ある。

この本を読んでいて、葉月のことを思い出した。トモエ学園のようなところがあったら、私は何をしてでも葉月をそこに放り込んだだろうと思う。
姪っ子の葉月が、「オリエちゃんの行ってた高校にいきたい」と云い出した。私はとても困った。葉月は本当に個性的な子で、身内の私が見てても、変だ。
母親である姉は「なんでこんな子に育ったんやろうなぁ」とケラケラ笑っているが、笑ってられないくらいとんでもないことを平気でやりやがる。あまりにも素直で可愛らしく、そして個性的で、はっきり云って葉月の考えていることは、私にはまったく理解できない。姉の育て方もタイガイだから不思議はないのだけれども。それでも変な子だ。

こんな子が、あの高校に行ったら、確実に潰される。

それが、怖かった。ありがたいことに入試に落ちたらしく、小躍りしてその報告を喜んだ。落ちてよかった。
かずくんと仙丸先生、どっちが欠けてても、私はあの高校を卒業できていなかったと思う。そして、その二人がいない、今のあの高校は、葉月にとって監獄に等しいと思えるのだ。行ったら行ったで順応するだろう。けれども、彼女の不思議な魅力に気付いてくれる先生がいるとは思えないし、葉月の個性にあの高校の先生たちは、きっと恐怖を覚えると思うのだ。私が押さえ込まれたのと同じように。

オリエ程度の個性で、あんな扱いをされるのだから、葉月なんかが行ったら、もうとんでもない。葉月の個性は、オリエのそれを遥かに凌駕する。私なんて足元にも及ばない「オカシサ」が葉月には、ある。

仙丸先生おらんし、あの高校には行かせたくないわ。

私がそう云ったのを聞いて、母親である姉は答えた。
「葉月に向いてたら受かるやろうし、向いてなかったら落ちるやろうし。あの子の人生はあの子の運で決まるんやから。まぁ黙って見とこうと思ってる」
…姉ちゃんらしい意見で笑った。姉は、ある日葉月の高校入試の相談の電話をかけてきて、こう云った。
「あんな、●●高校やったら家から近いねんけど、制服がブレザーやねん。でも■■高校なら、セーラー服やねんな。やっぱり■■が良いよな。セーラー服が可愛いよな、オリエ、どう思う?」

「姉ちゃん、可愛い娘の進学先を制服で選んでるん?」

「当たり前やん、一番大切やん。オリエも着たやろ、セーラー服。葉月にも着せてやりたいやん、やっぱり」
「いや、オリエはずっとどの学校もブレザーやったよ」

「え。そうやった? そうか。ごめんな。それは可哀想なことしたなぁ」

姉は私に本気で謝っていた。そして、これが姉の本心だ。
こんな親に育てられて、葉月の個性が伸びないわけがない。そして、そのせっかく育ったステキな個性が、学校という集団生活の中で萎縮していないか、私は葉月に会う度に確認する。彼女が今どんなことを感じているのか、どんな友達や先生に囲まれているのか。

トットちゃんと葉月が恐ろしくオーバーラップする。
あと、トモエ学園の校長先生と、仙丸先生が重なる。
まだまだ捨てたもんじゃないな、そう思うけれども、人の一生って、どんな人に出会ってきて、どんなことを感じてきたか、どんな風に感じさせてもらえたかってことで大きく変わる。
どこに行っても「葉月ちゃんはとっても個性的で…」と云われている葉月の可能性を潰さないように、そしてわずかな可能性でも掘り起こして育ててあげれるように、私は絶対に彼女を否定せず、常に受け入れる。

「これ、焼いたらどうなるんかな」
キラキラ光る赤いセロハン紙を持って、小学校に入ったばかりの葉月がたずねてきた。私はそれを燃やしたことがないので分からなかった。ただ、すごい臭いとかして有害なんじゃないのかなってことは想像がついた。けど、「んじゃ燃やしてみよう」そう云って、コップに水を入れて燃やした。

瞬時に燃え尽きて、指が燃えそうになったので、びっくりして手を離すと、下に置いてあったコップにセロハン紙は落ちて、ジュっといった。

すごい臭いがして、葉月と笑った。「燃やしたら、こうなるらしいわ」。そう云った私の顔を見て、葉月はとても満足げに頷いた。どんなことでも絶対に、否定しないで受け入れるって姿勢を貫いてるおかげで、葉月はどんなことでもちゃんと相談してからするようになった。

タバコも、葉月が小さいころに吸わせてみた。咳き込んで「美味しいと思う日はくるんかな」と眉毛を情けなく下げて云う葉月に、「また吸いたくなったら、勝手にせずに最初に云ってね。オリエが吸わせてあげるから。お母さんのお金でお母さんが悲しむことはしないでね」

「うん。それは分かってるから大丈夫。ちゃんとオリエちゃんに云うからね」

私の行っていた高校に葉月が行かなくて良かった。
そして、葉月に、仙丸先生やかずくんみたいな先生に出会う幸運が訪れると良いなって、ここ数ヶ月、ずっと願ってる。

窓際のトットちゃん。何回読んでも泣ける。仙丸先生も云ってくれた「オリエちゃんは本当は良い子なんだけどねぇ」仙丸先生のそれは、いつも少し困った口調だったけれども。私はとても嬉しかった。