憎い才能

キヨミが、ふとした拍子に、すごいことを云う。
彼女の発言ってのは、果てし無く生々しいかとおもえば、どこか詩的で、そして情緒ある文学なときもある。あたしは彼女の言語感覚に少なからず嫉妬をおぼえる。
昨日、電話で話していて。あたしは前々からキヨミに伝えていたことがあった。
「あたしは、キヨミのためなら、何を犠牲にしたって惜しくないよ」
ほんとに、惜しくない。けど、彼女の中では、あたしの意図とはちょっと違って捉えられていた。
「キヨミがおりえと一緒にいるよりも他の誰かといる方が幸せなのなら、そっちと一緒にいてほしい。キヨミが笑ってるのが一番大切だから、そこにあたしが介入する必要はないんだよ」
そう云ったら、それは親子や家族の間でしか成り立たない愛情だとおもってたよ、と。「いるんだね、ほんとに。あんたみたいな人」。うん、いるんだよ、ここに現実に。そして、その愛情は、君に向けられているんだよ。

「おりえはさぁ、人魚姫になれたんだね」

絶句した。「人魚姫になれた」。なんて表現をするんだろう。歯ぎしりするくらい悔しいが、それより先に、心酔してしまう。
「わたしはね、自分が人魚姫になれるっておもってたの。でもね、無理だ」
「なんで?なれるんじゃないの?」
「ううん、無理だよ。だって、おりえが私のいないところで幸せになっても、つまんないもん」
朗読を聞いてるみたいだ。彼女の脳みそはすごく文学的で。そして、純粋だ。美しいものって、あるんだなっておもえる。

なんの前振りもなく、云ったことがある。
「あたしは、絶対にキヨミより一秒でも長く生きるよ。もしあたしの方が先に死にそうだったら、キヨミを殺してから死ぬよ」
突然のあたしの言葉に、彼女はほんの一瞬のためらいもなく、こぼれるような笑顔で答えた。
「ありがとう」
自分の中から、すごい愛情が溢れてくるのがわかった。心臓が持ち上げられるような圧迫感に襲われる。
「うん。だから、安心して、毎日笑っててな」
それだけ云うので精一杯だった。


鹿児島の山奥から大阪に出てきて、彼女は云った。「都会ってさ、前を歩く人の踵を踏まないように歩かないとあかんやん。それがさ、しんどい」
成功したいと繰り返す彼女に、成功ってなんだと聞いてみた。「人生における成功なんか、宝くじ当てることに決まってるやん」
あたしのことを、これだけ好き勝手にあごで使う女はキヨミくらいだよ・・・って愚痴ったあたしに。「世の中はお金!お金さえあれば解決できることばっかり。でも、おりえと私の間だけはお金じゃないねん。なにか分かる?労働!」
日焼けサロンに通う女が嫌いだと云ったあたしに「私が日サロに通って真っ黒になって、そんなこと云えないようにしてやるっ」
発言があまりにおもしろいから、一度、何か書いてみたらって云ったことがある。
「いややわ、面倒くさい。おりえの物はわたしのものになるねんから、あんたがわたしの言葉を全部まとめたら良いやん」
あたしが、キヨミの何を語れるっていうんだ。その言語感覚に嫉妬してるような状態で。
「へーえ、おりえでも嫉妬とかするんや。意外!でも良いやん。私の発言は全部おりえのものにしたら」
敵わないなって、おもう。

キヨミを満たしていたい。あたしにどこまでできるかは分からないけれど。彼女があたしのそばにいることを望んでいる限り、あたしはほんとうに、なんだって犠牲にできるよ。
早くキヨミの望む『南国のフルーツに囲まれて、毎日静かにのんびり暮らしたい』って暮らしをさせてあげたいなっておもう。
でも、あたしは、南国はいやだ。