悲劇のヒロイン

親のこと、兄弟のこと、家族のこと、彼氏のこと。どんなことででも、悲劇を産み出せるすごい才能。
21歳の女の子のお見舞いに行ってきた。3年間、月に2回のペースで来ていたメールを、本当にヤバイもの以外全部無視してた。メールの内容は、全部、自分の今の惨状を訴えるものだ。けれど、文面で分かる。あ、こいつ今本当にヤバイ。そうおもったときだけ相手をしていた。電話やメールでやりとりするだけで、会う気にはなれなかった。そこまで愛情を注げるほど、おもしろい人間ではないのだ。
「オリエさんみたいに、みんなに愛されて認められる人間になりたい」。「私をペットにしてください」。毎回繰り返される戯れ言に、うんざりしていた。
本質的なところは、かなり図太い。繊細さも、感受性も、彼女には、ない。あるのは強烈な自己愛と根深いコンプレックスだけだ。そんな女、いくらでもいる。あたしには、なんの魅力もない。言い寄ってくる男がいて困る。そんなの、本当にモテてると思ってるのか。相手の男はやりたいだけじゃないか。国公立に合格しててもこの程度。大学は本当に、判断基準にはならない。「それさ、云ってて恥ずかしくない? あたしは聞いてて恥ずかしい」。あたしの云うことが理解できないほどばかではない。それだけが彼女の救いだ。それから、ぱったり口にしなくなった。
入院先の病院は、天王寺区にある赤十字病院。大部屋に入れられている彼女は、入院患者なのに化粧をしていた。「おりえさんが来るのにすっぴんじゃ失礼だと思って」。パジャマではなく黒いミニのワンピース。腕に主治医の名前と病室番号の入ったものを巻き付けている。他の患者も付けいていたので、配布されるのだろう。それがなければ、患者には見えない。呆れて言葉が出なかった。
3年間すきだすきだと云われ続け、おりえさんは私の帰る場所なんですと言い切った女を捨てきれるほど、あたしは人に厳しくなれない。一度、きつく突き放したことがある。その夜、彼女は大動脈を切った。腕に巻かれた主治医の名前の入ったグリーンの腕輪の部分に、そのときの傷が生々しく残っていた。
彼女はしゃべり続けた。この3年間にあったことを。時系列もバラバラで半分も意味が分からない。肝要な部分だけ聞き返し、あとは適当に流す。終始訴えられることは、一つ。寂しい。そばにいてほしい。けれど、彼女が必要としているのは、あたしじゃない。あたしの要素だ。同じ要素を持った人間が現れて、彼女を受け入れたら、迷わずそっちに流れるだろう。おりえみたいな人間はたくさんいるんだけど。狭い世界で生きている彼女は、それに気付けない。
いくらでもいる。不幸を武器にして、身体が目当ての男の甘言を愛情だと錯覚し、2番目にしかなれない女。可哀相で、見ていて切ない。なぜ気付けないのか。なぜ本質が見えないのか。「おりえさんの大変さは分かるんです。男が寄ってきたら面倒くさいですもんねぇ」。身体目当ての男なんて、あたしには寄って来ないよ。寄せつけないもん。そんなやすい女じゃないんだ。けれど、彼女は、それにも気付けない。おりえと同じラインに立っていたい。言葉にはならない悲痛な声が聞こえる。痛い。
和子、もっと考えろ。おまえはバカじゃない。少なくとも、あたしの言葉をまともに理解するだけの脳みそは、ある。今の和子には、なんの魅力も感じない。ぶさいくは、嫌いなんだ。美人になりたいんだろ。いい女になりたいんだろ。あたしを超えるんだろ?
超えてみせろよ。あたしが悔しくて地団駄踏むくらいいい女になってみせてよ。