オリエの授業

昔予備校と塾で講師をしていた。小学生・中学生・高校生・浪人生を教えていた。浪人生なんて大学1回生のときに相手してると同じ年齢だから、なんだかえらいやりにくい。「先生かわいいなー、何歳?」同じ年齢なんて云えない。若いねーなんて云われても当たり前だろ同学年だよてめーと。異常に若作りのうまい先生という称号をほしいままにしていた。
小学生・中学生・高校生の授業の最初に必ずしていた話がある。これを話すと、生徒は一切授業中に居眠りしなくなり、さぼらなくなった。宿題も真面目にするようにもなった。
「ここに今、プロ野球選手になりたいと思ってるやつはいるか? ピアニストだとか、何かのプロフェッショナルになりたいと思ってるやつ。いたら、帰れ」
生徒はだいたいここで唖然とする。なぜ塾の先生が帰れなんて云うんだ?
「プロっていうのは、一握りの人間をさらに振るいにかけて選ばれた人たちやねん。だから、こんなとこでこんな授業受けてるヒマがあるんなら、帰ってそれぞれ、その練習をしてほしい。親が納得しないなら、私が説得してやる。絶対にしてやる。時間は限られてるぞ。野球選手なら、走って帰れ。わずかな時間も自分を鍛練する時間にあてろ。それぐらいじゃないとプロにはなれない。高校野球で甲子園に行ったからってプロにはなれない。甲子園ってすごいとこやろ。でも、その中からプロになれるのはほんのわずか。な? 今こうしてる時間がもったいないやろ? あんたらのしたいことを追求するのが一番良い。だから、将来やりたいことが決まってる人間は、帰れ。許す」
だいたいここらへんで、みんな私の顔を真剣に見ている。絶句してる人間、この人とんでもないことを云うって顔してるやつ。反応は様々。またそれがおもしろいんだけど。
「誰も帰れへんの? ああ、そう。いつでも一緒に親と喧嘩してあげるから、云いにおいでね。んじゃ話進めるよ。みんな、金持ちになりたいか貧しくひもじい思いをして生きるのと、どっちがいい?」
みんな金持ちって答える。中にはお金なんていらないと眠たいことを云う人間もいるが、放っておいて良い。あとで目が覚めるから。
「お金がないと、結婚しても喧嘩ばかりになるよ。電気が止められてるような家で旦那と楽しく暮らせるか? 彼女にプレゼントも買いたいでしょ。漫画もゲームも買えない。金はあるに越したことはない。んじゃ、お金を得るために何をすれば良いか。簡単だ。働けば良い。んじゃ今度は仕事を選ぼう。将来やってみたい仕事もあるだろう。何でも良い。自分で選べば良い。」
何が云いたいんだ? って顔が見え始める。もうここらへんで私は最高に勝手に盛り上がっている。
「あんたらは日本人やねん。悲しいけれどもこの環境からは逃れられない。少なくとも今はね。そしたら日本の国のシステムの中で生きるしかない。日本では高学歴であればあるほど将来の選択肢が広がる。悲しいけれども、それが現実。もちろん中卒でも立派に金持ちになってる人もいる。でも、それってすごい才能だよね。これもごく一握りだ。んじゃ、ほとんどの人間って、どうしてんの?」
「サラリーマン、公務員。ここらへんが大半だよな。それで良いんだ。その中でどれだけ笑って生きるかが大切。特別な人間になる必要はない。でも、最初からできるだけ良いポジション取りたくないか? 私なら取りたい。高卒と大卒じゃ給料が違う。最初から万単位で違う。私なら、大卒で就職したいな」
みんなうんうんって頷き始める。
「んじゃその大学に入るにはどうしたら良いか。ここで勉強しろ。少しでも偏差値の高い大学に行けば、また就職先の選択肢が広がる。行きたい会社があっても、大卒しか取りません。専門技術のある大学出身者しか取りませんなんて会社もある。あんたらがなんでこんなダルい授業を受けて進学するのか。それはあんたら自身の将来の選択肢を広げるためなんだ。中学校で習った方程式。はっきり云って、私は社会に出てから使ったことなんてない(って大学生だったんだけど)。微積もいらん(って大学生だったんだけど)。でも、それを勉強したから、私は選択肢が高卒よりも広い。あんたらが自分自身の選択肢を、可能性を広げるために、勉強するんだ。なんで塾に来てるか分かった? ましてここに自分でお金払って来てますってやつ、いるか? 親に出してもらってるんだろ? 親に感謝しろって云ってるんじゃない。今使えるもんは使っとけってことだ。大人になったら親に小遣いあげなきゃならなくなるんだから。今のうちに、親の金使って自分のために勉強してほしい」
これだけ話したら、もう居眠りするやつ、サボるやつがいなくなる。教鞭をとっている人がいたら、どうぞ使ってみてください。生徒も付いてくるし、人気投票はぶっちぎりで一位です。